ゴルフの「キャディー (caddie)」 とは、プレーヤーに付いてゴルフバッグやクラブを運んだり、プレーヤーにコース情報や助言を与えたり、またプレーヤーの士気を鼓舞する役割を果たす人のことです。ゴルフ規則では「規則にしたがってプレーヤーを助ける人」と定義されています。
「キャディー」の歴史は古く、今から約450年前に遡ります。当時の日本はというと、武田信玄と上杉謙信が川中島で戦っていた戦国時代です。
「キャディー」を最初に引き連れてプレーをしたのは、ゴルフ史上最初の女性ゴルファーといわれるスコットランド女王メアリー・スチュアート。
メアリー・スチュアートは、生後8日目にしてスコットランドの女王となり、1557年15歳のときにフランス王太子フランソワ2世と結婚。その2年後には、国王の死により夫君が即位し、メアリーはスコットランドの女王にしてフランスの王妃となりました。フランス王妃となって間もなく、今度は夫君が亡くなって未亡人となり、1561年の夏、「カデ(Cadet)」と呼ばれるフランス貴族の若い子弟たちを大勢引き連れ、戦艦2隻に分乗してスコットランドに帰ってきました。
「カデ(Cadet)」には、現在、陸軍士官学校(海軍兵学校)生徒や陸・海・空・警察の士官(幹部)候補生の意味と末の息子や弟の意味があります。当時は、貴族の家に生まれた次男や三男などの若者に与えられた称号でした。貴族の家に生まれながら家督相続できない若者は、小姓として宮廷に奉仕していました。
1563年ごろ、城中に出入りする商人に勧められてゴルフを始めた女王は、たちまちこのゲームに魅了され、暇さえあればボールと戯れるようになりました。庭に出る際、身辺に仕える小姓たちに向かって、「カデ!クラブを持ちなさい」と命じたのが「キャディー」のはじまりと言われています。
「カデ(Cadet)」をスコットランドなまりに変えると「カゥディー(Cawdie)」といいます。この「カゥディー」が転じて「キャディー(Caddie)」に変化し、意味も“物を運ぶ人”となりました。
1587年、メアリー女王は政敵であるイングランド女王エリザベス1世に処刑されました。メアリー女王の死去とともにゴルフと「カデ」を繋げることはなくなりました。